ショパンバラード1番の想い出

高校生のとき、ピアノの先生がバラード1番をやろうと言い出した。先生はこの曲をはじめて友達が目の前で弾いてくれたとき感動して泣いたらしい。そんなすごい曲なんだ。わたしはそう思って練習をはじめた。高校の近くの図書館でショパンのバラード集のCDを借りてきて聴いてみた。そのCDはアンドレイ・ガヴリーロフという人が演奏していた。今でもこの人はとても好きな演奏家だ。おおらかで伸びやかな音が好き。自分は3番の方が好みだったけど、先生がああ言うんだから、ちゃんと弾けば1番は素晴らしい曲なんだろうと思って進めていた。暗い曲が苦手なわたしにとって練習はしんどかった。時が経ち、高校卒業と同時にピアノをやめた。それから何年かは弾いてなくて、もうピアノ手放そうかな・・と考えていた。

わたしは何かに打ち込んだことがなく、部活もバイトも進路も中途半端で、それから数年経って大人になっても中途半端な人生を歩んでいた。

あるときなにか一つのことをちゃんとやろう。と思い立った。消去法でピアノを選んだ。とりあえず毎日ピアノに向かい練習すると決めた(1時間)。夜、用事があって練習できなさそうなときは、朝早く起きて練習してから出かけた。とりあえず一年間つづけた。それは少し自信になった。そのあと弾かない時期もあったけど、おおむね長く続けることができた。

何曲かのこして楽譜を断捨離して練習する曲をしぼった。そのなかにバラ1は残っていた。正直好きなわけではない。暗いし重いしよくわからないしむずいし。でも先生のことばがずっとここまでわたしを推し進めてきたのだ。わたしも誰かが感動して泣くような演奏をしてみたい、と密かに思っていた。

といっても人前で弾く機会もなくときどき練習するくらいだった。

あるときピアノサークルに入ることになった。練習会のとき隣りに座った人とショパンの話をした。男の人だったのだけど、「ショパンって手が小さいていうけど、いうてそんなに小さくないよね」など話したりしていた。そのサークルでは年に数回発表会が行われていて、その人も前にバラ1を演奏したことがあったそうだ。エキエル版を持っていて、見せてもらった。ちなみにわたしは音楽之友社から出ているショパンアルバム(絶版)という楽譜を使っていた。指使いが結構ちがっていた。そのときはわたしは演奏会に出ようとも思っていなかった。

その2年後くらいに発表会でバラ1を演奏することになった。楽しみというよりは苦行だった。でもこの曲は自分にとって課題な気がして練習していた。正直今でもそんなに好きではない。愛着はあるけど。うまく弾けなかったとしても、いったん終わりにしたかった。他に沢山弾きたい曲もある。

演奏は前半はまぁまぁいい感じに弾けたかもしれないけど、コーダがボロボロだった。3日前くらいから「だめかも」って思っていた。音がスカスカ。

「よかったです」と声をかけてくれた人もいた。その人がお世辞でなくて心から本当にそう言っているのが伝わった。うれしかった。

これで終わりにするはずだったけど、あるときサークルの練習会でバラード全曲を練習している女の人が言っていた「この曲は一生練習する曲なのだと思います」という言葉に、ほんとにそうだなと改めて感じた。バラ1は引き続き永遠の課題曲になりそうです。

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