小説 つくも坂登りたい(オタクとアイドルと大泥棒)

プロローグ

(バレたかもしれない・・)
河内(かわち)は悩んでいた。妻にアイドルの追っかけみたいなことをしていたことを知られてしまったかもという懸念が浮かんできたのだ。悪いことをしているわけではないけど、自分らしくない気がして恥ずかしい。
じわりと汗が浮かぶ。これは夏の暑さからくる汗ではない。冷や汗だ。

河内は東京のK市の閑静な住宅街に5年ほど前から妻と暮らしている。休日には趣味の茶道などを楽しみながらおだやかに暮らしていた。

元々アイドルなどには全く興味はなかった。しかも今河内が夢中になっているのは顔も知らないアイドルなのだった。





この物語は東京の多摩にあるのんびりした街で起こった不思議な物語である。




イモい?エモい?大学生活

「あ〜あひまだな〜」
笑美は誰もいない店でつぶやいた。
ここは東京の多摩地区のK市の住宅街にぽつんとある「つくも書店」という本屋だ。普通の本屋さんとはひと味違った品揃えで、全国にもファンが多く訪ねてきたりもするけれど、平日の昼間はほとんどお客が来ない。
笑美は美大生でこの店の裏の家に下宿していて、時々店番を手伝っている。


東京だけど東京じゃない。
のんびりしてて嫌いじゃないけどなんだかパッとしないこの街。東京に来ればイケてる生活が送れると思っていた。この街にはスタバもおしゃれなお店もあるけれど・・なんか思ってたのと違う。
そいえば近くにある糸ッ橋大学なんて、学生がイモいってことで”イモつばし”なんて揶揄されてるらしい。
都心に通っている地元の友達から話を聞くと、なんだか自分だけが遅れをとっているような気がして、少しだけ焦る時もある。





美人姉妹の謎

「どう?見つかった?」
いいところの奥さんの紀香は紅茶を淹れながら尋ねた。テーブルの花瓶には庭で摘んだきれいなバラが飾られている。
「ううん、手がかりなし。あ、でも絵がこの街にあるらしいのは確か」
はっきりとした顔立ちのありさはカヌレをもぐもしながらはきはきとした口調で答えた。
二人は元々生き別れた姉妹だったけれどやっと2年前、出会うことができた。偶然同じ市内に住んでいたのだ。しかし本当は三姉妹で、三女を探し続けている。三女は物心つく前に別れたので、自分たちのことを覚えているかどうかもわからない。
そして同時に世界中にある彼女らの祖父であるコッポが残した名画も探し求めていたのだった。




おばあちゃんと絵画

数年前、笑美がまだ上京する前ふと電話が来た。それがこの家のおばあちゃんだった。
「あなたの親戚と古い知り合いなの。もし東京に来るならうちで暮らしなさい」
全然知らない人なのに、何故かこの人は信じられると思った。
上京してすぐにこのうちで暮らし始めた。

おばあちゃんは絵画が好きで部屋にたくさんの絵画が置いてあった。若かりし頃のおばあちゃんを描いた絵もあり、それはとても大切そうに飾ってあった。
「これ誰が描いたの?」笑美が聞くと、
「元カレ」
とおばあちゃんはニコニコして答えた。
「ふうん、すてきね」

「笑美ちゃん」
おばあちゃんの息子である将が来ていた。一緒には暮らしていないけれど、この書店のオーナーである。おばあちゃんから継いだ書店だ。ちなみに笑美の通う美大のOBでもある。将は建築家でありデザイナーでもある。それとは別に一般の人たちにデザイン教室を開いている。
「今度からうちの書店で夏休みのイベントやるんだ。僕の開いているデザイン教室の生徒たちが日替わりで店番するから、フォローよろしくね」
「へー、なんか楽しそうですね」
夏だし楽しまなくちゃ。笑美は店に吊るしてある風鈴の音を聞きながら思った。

しかしこのイベントがきっかけで、笑美の運命の歯車は大きく回り始めるのだった。



く〜にゃんになるにゃん 鏡の国のみずほ

K市のゆるきゃらマスコット、く〜にゃん。猫のキャラクター。
将が開いているデザイン教室に所属しているみずほは、このく〜にゃんで地元を盛り上げるイベントを考えていた。
く〜にゃんの立体おめん。段ボールで作るのは難しかったけど、結構いい感じにできた。とりあえず5個作った。誰かにかぶってほしいな・・・。自転車を漕いでつくも書店へ向かう。夏休みのイベントである、つくも書店の今日の店番をしている、ことし社会人になったばかりのあゆみの企画を手伝いにやってきた。
すぐ近所に住んでいるデザイン教室のメンバー、2児の母のももこも遊びに来た。みんなにく〜にゃんのお面をかぶってもらう。


笑美は昼過ぎになって目を覚ました。店から人の笑い声がする。
そういえば、今日から店でイベントやるって言ってたっけ。
チラリと引き戸を開けて店をのぞく。
「こんにちは」
3人の女性がにぎやかに話していた。
「あ、もしかして下宿している笑美ちゃん?」
「そうです」
「ね、これかぶってみてよ」
く〜にゃんの立体おめんを渡される。

「あ、かわいい〜、写真とろ写真」
みんなスマホでお互い撮りまくる。
「あ、今日チェキ持ってるんだ。」
あゆみがカバンから取り出した。
「全員の写真欲しいね。おばあちゃんにとってもらおう」
この時とったポラロイドが、運命を握る鍵になるとは誰もが思わなかった・・。



みんなが帰って静かになった店の縁側で、一人く〜にゃんのお面をかぶって、笑美はアイスを食べながら、ポラロイドを眺めていた。

急に頭に激痛が走った。
そして頭の中に次々と見たことのない景色や人物が浮かんできたのだった。フラッシュバックというやつだろうか。
笑美は持っていたアイスを落とした。

誰だろう・・外国人のおじいさんと2人の女の子。そして絵画。みたことのない異国の風景・・。



この夏、アイドルへの招待状

「ねえ、このからすみ今晩いただきましょうか?お中元でもらったの」
河内の妻、京子がキッチンから顔を出して言った。
「いいねぇ、日本酒まだあったよね」
「あなたがこの間全部飲んでたわよ・・・」
「そうだっけ・・ちょっと散歩がてら買ってくるわ」
河内は頭をぽりぽりかきながら言った。

昼間は猛暑だけど、夕方は少し涼しい。
近所のコンビニには元々酒屋だったのか、日本酒の品揃えがなかなか良い。
ゆっくり吟味して、買い物を終えた。
外は少し暗くなっていて、気持ちの良い風が吹いていたので、もう少し散歩することにした。

なんだここは・・・
住宅街のなかにこじんまりとした建物。「つくも書店」と書いてある。こんなところに書店があったのか。ん?なにか地面に落ちている。ポラロイド写真だ。猫のお面をかぶっている女性が4人写っていた。暗くてよく見えない。
「あなた」
京子の声がした。
河内は反射的に写真をポケットにしまった。
「あ、あぁ、どうしたの?」
「あんまり遅いから見にきたのよ」
「そうか、ごめん。なんか風が気持ちよくて散歩してた」
「帰りましょ」



アイドルが生まれた日

みずほはその日、デザイン教室のオンラインミーティングに参加していた。30人ほど参加しているデザイン教室では5〜6人の組に分かれて、プロジェクトを作るという活動をしている。デザインといってもグラフィックとかファッションというよりは、主催者の将が建築家でもある影響なのか、地域を盛り上げる的な、街をデザインするというようなコンセプトみたいだ。

みずほのいる組では、このつくも書店の周辺の地図ーガイドブックなどには載ってないおもしろ素材を集めた地図を作ろうとプロジェクトを進めていた。

メンバーはみずほ、不二夫、みのり、ヨウ、サトシの5人。オンラインミーティングってなんだか秘密の作戦会議みたいで楽しい。

地図を共有しながらメンバーで話す。
「この周辺って坂が多いよね」
「なんか、坂に名前つけたいよね」
「いつもこの坂を降りて帰るんだ。ここいいよね」
「この道ってみずほさんの家からは遠回りじゃないの?」
「え〜だって、坂があったら下りたいじゃん・・」

最初はプロジェクトの話をしていたが、話が段々脱線してきた。

「この前のく〜にゃんのお面かぶった写真、SNSにのせてたよね。かわいかった〜」
アーティスト志望のみのりが言った。
「そういえば最近新しい曲作ったんだけど」
「え?マジで」
「ちょっと聞いてみてよ」
♪〜

「なんか、アイドルの曲っぽいね」
「そう?最近おワンコクラブの曲よく聴いてたからかな」

みのりがパチンと手を叩いた。
「そうだ!この坂にちなんだ”つくも坂登り隊”っていうアイドルグループ結成しようよ。このく〜にゃんかぶってるメンバーで歌ってよ。ももこさんとあゆみさん、笑美ちゃんに声かけよう」
「え!?わたしも!?」
みずほは爆笑した。
「デビューシングルのタイトルは”坂があったら登り隊”にしよう。
歌詞と振り付けも完成させとくから」
「あ、ぼく最近ミシンにハマってるから、衣装作りますよ。この前もシャツ作って・・今着てるやつなんですけど」
大学生の不二夫が言った。
「僕、ポスターとかフライヤー作りますよ」
遠隔で京都から参加しているヨウも言った。
彼は美大に通う中国からの留学生だ。
「そういえば、中国ってアイドルいるの?」
「えーっとですね・・」
何故かみんなアイドル計画にノリノリなのであった。




最後のひとこま

ドンドンドン
外からドアを叩く音がする。おじさんが何か叫んでいるようだ。
ありさはそんなことお構いなしに立ち尽くしていた。
ここはコンビニのトイレだ。

最後の一枚が、こんなところで見つかるなんて・・。

涙目になりながら、勢いよくトイレのドアを開けた。
ごつんと音がした。ドアを叩いていたおっさんがおでこを抑えて怒っていた。どうやらぶつかったらしい。
早く姉さんに知らせなきゃ。ありさはおじさんに目もくれずにコンビニを飛び出した。


駒は揃った。
紀香はふーっと長くため息をついた。
さっきありさが慌てて家にやってきた。そして画家である祖父のコッポの形見である絵画の最後の一枚を見つけたと報告してくれた途端、疲れて気を失うように寝てしまった。
あとは三姉妹の三女が見つかれば・・。手がかりは祖父の昔の恋人がこの街に住んでいるということだけ。ただその人が三女を知っているとは限らない。
どうすれば・・。

庭のバラを眺めながら考えていた。色とりどりのバラは暑さで少し元気がなくなっているように見える。
窓をカラカラと開けると、一人の女の人がバラをジーッとみていた。おしゃれなカンカン帽をかぶっている。
「きれいですね」
「少し元気がなくなっているけどね・・良かったら少し持っていきます?」
「え?いいんですか?」
押し花にして栞にしようかな・・とうれしそうにその人は言った。







河内はクシャクシャになったポラロイド写真を握りしめていた。
この前書店の前で拾った謎のポラロイド。うっかり持ってきてしまった。しかもポケットに入れたまま洗ってしまった。いつもは京子が洗ってくれるのだけど、京子が実家に帰っていたので自分で洗ったのだ。

もう写っている人の顔が誰だかわからない状態だった。道に落ちていたとはいえ、大事な写真だとしたら返さなくては・・・。どうしたものか。
考えている間に、つくも書店の前まできてしまった。
店は閉まっているけれど人影が見える。曲も聴こえてくる。何人かいて歌いながら踊っているみたいだ。
普段河内はあまり音楽は聞かないけれど、思わずリズムに乗ってしまっている自分に気づく。
楽しそうな笑い声が聴こえてくるものの、真剣に踊っているのがうかがえる。
いいなぁ・・・。

しばらく立ち尽くしてしまったが、ふと我にかえる。自分は何をしているんだろう・・。そろそろ京子が実家から帰ってくる時間だ。近くにおいしいプリンの店がある。おみやげに買って行こう。




大事なものはすぐそばにある

あと少しでレポートが終わりそうなのに、シャープペンの芯が切れてしまった。笑美は近くのコンビニに出かけた。いつもはやたらと日本酒の多いコンビニに行くのだけど、今日はなんとなく気分を変えて行ったことのないコンビニに来てみた。家から100メートルくらいなのに初めて入る店。
夏限定のキャラメルフラッペが目に入った。限定に惹かれて思わず頼む。イートイン席でフラッペを堪能した。手がベタベタになったので洗面所を借りようとトイレに入った。

手を洗いながらふと見上げると大きな絵画が飾ってあった。
その絵には見覚えがあった。この前フラッシュバックのように頭に浮かんだ光景で、外国人のおじいさんが描いていた絵と似ていた。
その絵の下にはこう書いてあった。”昼のカフェテリア コッポ”




一瞬の輝き

デザイン教室に参加しているあゆみは1時間もかけてこのK市くんだりまできていた。社会人になりたてで、休みが一日つぶれるのはちょっとキツい。それもこれもアイドルの曲の歌と振り付けの特訓のためだ。人前に出るなんて全然興味ないのに・・。むしろ苦手だ。というか、別にデビューするわけでもないらしく、趣味の一環?というか真剣なのかもよくわからないおふざけの延長に巻き込まれている気もする。自分はいったい何をしているんだろう。

歌も踊りも苦手ではないので、割とそつなくこなす。ある程度練習したらもう座ってアイスを食べていた。
納得いくまで練習している笑美を見て、輝いてるなぁ・・と思う。
”♪あの坂を登れば、青い旗が見える”
”♪あぁ、わたしたちはつくも坂登り隊”
それにしても変な歌だなぁ。グループ名も・・。

よし、もういっちょやるか。
明日も仕事で朝早いのに、みんなにつられて夜遅くまで練習に励んでしまった。




ふじおとふじお

イモつばし大学・・もとい糸ッ橋大学に通う高井不二夫はぼんやりと考えていた。
どうやら自分と同姓同名の人間が大学内にいるらしい。友人がその情報を教えてくれた。不二夫はその人物に会いたくなかった。なんだかこわいのだ。アイデンティティーが崩壊しそうで。

不二夫は趣味で油絵を描いている。いつものように夢中で描いていたら朝になってしまった。自分で作ったシャツが油臭くなってしまった。でも今日は授業の前にコンビニの早朝バイトだ。着替える時間もなく慌てて家を出る。

レジに立っていると、マネージャーの六反田が来ていたので、シャツが油臭くないか聞いてみた。
「へえ、不二夫くん、油絵やってるの?」
「えぇ、まあ。趣味ですけどね。」
「なんかカッケェな〜」
いかにもマッチョで絵に興味なさそうな六反田は家からここまで1時間くらい走って通勤しているらしい。自分と正反対なタイプに見えるけど二人は意外と気が合うのだった。
「暑いから期間限定のキャラメルフラッペでも食べなよ。店長もいないしいいよ。」
キャラメルよりも黒い肌をした六反田は言った。
「あざっす」



人生でいちばん熱い夏

笑美は毎日踊り狂っていた。
と言ってもクラブなどに通っているわけではなく、アイドルの歌と振り付けを夢中で練習していた。そして暇さえあれば、つくも書店に店番にくるデザイン教室のメンバーたちに毎日のようにダンスと歌を披露していた。

この夏、人生でいちばん、輝いていたかもしれない。
何年あともそう思えるくらい、笑美は夢中になっていた。



平日は相変わらずひまな店だった。今日は店番する人がいなかったので、笑美が当番することになった。
あまりにも暑くて踊る気にもならず本を読んでいたら、みずほが遊びに来た。
「笑美ちゃん、本好きなの?」
「あ、結構好きです」
「じゃ、これあげるよ」
バラのドライフラワーを使った栞だった。
「わーすごくきれい、ありがとうございます」

「歌も踊りも頑張ってるしね、プチご褒美」
「えへへ。今日は暑すぎてサボってますけど・・」
「夏休みは地元に帰るの?」
「いえ、わたし両親が早くに亡くなって親戚のうちを点々としていたんです」
「そうなんだ。ご兄弟は?」
そう聞かれた途端、この前の光景がフラッシュバックした。
目鼻立ちのくっきりした女の子がふたり。あれは・・・。
頭が痛い・・・。
笑美が渋い顔をしているのをみてみずほは慌てて
「なんか、ごめん。余計なこと聞いて」
「いいえ。全然・・」

「二人とも、かき氷食べる?」
おばあちゃんが大盛りのかき氷がのったお盆を持ってきた。ふたりともいちご味のシロップにした。
「夏だね〜」と言いながら食べる。





踊る!僕はおじさん

なんか、自分ってやばいやつ??
河内はふと思う。

夜な夜な近所の閉店後の書店で顔も知らない人たちが踊っている様子を見にきているのだ。たまについ一緒に踊ってしまう時もある。曲も振りも覚えてしまった。人通りがあまりない場所だけど、たまに犬の散歩の人がくる。そんな時は白々しく口笛を吹いて知らん顔するのであった。

自分の中に熱いものが込み上げてくる。
この気持ちはなんだろう。

「ちょっと、すみません」
声がした。振り返るとメガネをかけた背の高い男性が立っていた。
真夏なのに背筋が凍る気がした。






オーナーでである将は、久しぶりに用事があってつくも書店にきた。
閉店後だけど、デザイン教室の生徒たちのプロジェクトの一環(と言っていいのかわからないが、謎のアイドルグループを立ち上げているらしい)で歌とダンスの練習をしているらしい。下宿している笑美も参加しているらしい。微笑ましいなぁと思いながら、声はかけずに差し入れだけ置いて帰ろうとした時だった。
男性が店の前で小声で歌いながら踊っているではないか。
不審者ではなさそうだけど普通にあやしい。

「すみません、ここで何をしてるんですか?」
「え・・あの・・」

しばし無言の後、男性は逃げ出した。

「あっ待って」
逃げ足は早かった。なんだったんだろう・・・。



その日から、河内はあの店には行かなくなっていた。




「決まったよ。初公演」
「は?」
いつもの練習の後、みずほが言った。
みんなキョトンとしている。
ただのお遊びだと思っていた(その割には真剣な)アイドル活動。
すぐ近くの小学校の体育館を夜借りられることになったらしい。そこでデビューシングルをお披露目するというのだ。

「とりあえず、デザイン教室のメンバー約30人は来るとして・・」
「僕の大学でも宣伝しときますよ」不二夫が言った。
「笑美ちゃんの大学は?」
「え・・・」
人に見せることなど考えていなかった。友達にアイドル活動してるなんて知られるのがなんとなく気まずかった。笑美は黙ってしまった。

「まぁ1ヶ月後だから」
笑美の様子を察したのかみずほが言った。
「そうだ。衣装できたんですよ」
不二夫が紙袋から色とりどりの衣装を出した。
とても丁寧な縫製だった。
「わぁ〜すごい・・」
笑美は少し手が震えた。
「ヨウさんから、預かったポスターのデータも印刷したよ。」
「わ〜、ほんとアイドルって感じ。なんか信じられないね」
ももこはいつの間にか衣装を着ていた。ノリノリだった。
「近所のママさんみんなに声かけるわ〜。もちろん娘も呼ぶわ〜」
2児の母であるももこは、にこにこしながら言った。
「家が遠いから友達呼びにくいけど、なるべく声かけてみるわ〜」
あゆみも衣装を大切そうに抱えながら言った。

「あれ、一着余ってるね、予備?4人だよね」
「うーん、なぜかみのりさんが5着って言い張ってて」
「まぁ5人の方がすわりがいい気はするけど」
「みのりさん出たいんじゃないの?自分はいやだとか言ってたけど」
「案外一人で闇練してたりして」
あはは・・・。
笑美はみんなと一緒に笑いながらも、少し複雑な気持ちでいた。

ハタチの約束

今日は笑美の20歳の誕生日イブだった。アイドルのメンバーたちが集まってお祝いしてくれた。友達が祝ってくれることもあるけど、小さな頃から両親がいない笑美にとって、誕生日は寂しい思い出が多かった。
きっと今日は今までで一番楽しい誕生日だったかもしれない。

このアイドルメンバーになれてよかった。
ずっとこの時間が続けばいいのに・・・

カウントダウンして盛り上がった後、みんな店の中でザコ寝てしまった。ちょっと騒ぎすぎちゃったかな。近所迷惑じゃないかしら、と思いながら家に戻った。電気はまだついていて、おばあちゃんは起きてるみたいだった。おばあちゃんもうるさくて眠れなかったのかしら。悪かったなぁと思いながら、台所で水を飲んでいると
「笑美ちゃん」
おばあちゃんが真剣な顔をしてこちらを見ていた。
「あ、ごめんなさい。うるさかったよね」
「そうじゃなくて、すわりなさい」
「・・・?」
「あなたに伝えなくてはならないことがある」

そう言っておばあちゃんは元カレの話を始めたのだった・・・。


60年ほど前、戦前おばあちゃんはわたしのおじいちゃんに当たる人「コッポ」いう画家と恋人同士だったという。
コッポはイギリス人と日本人のハーフで(つまりわたしはクォーターってこと?)売れない画家だったらしい。
戦争が二人の仲を引き裂き、戦後、おばあちゃんは他の人と結婚した。その30年後くらいにおじいちゃんから手紙をもらったらしい。
ざっくり言うと、「今でも君を愛している。もしわたしに何かあったらわたしの孫娘を助けてほしい」という内容だったらしい。
おじいちゃんはちょっとメンヘラだったので、事故死ってことになってるけど自殺かもしれないと遺族は言ってたらしい。

「ご両親は早くに亡くなっていて、他にも2人孫娘がいるんだけど・・つまりあなたのお姉さんね。あんただけ見つけることができたの。だからこのうちに呼んだ。大事な人の忘れ形見だもの。会えてうれしかったよ。」

おじいちゃんの娘であるわたしのお母さんとお父さんは、わたしが3歳の頃、事故で亡くなった。わたしにはほとんど記憶になかった。おじいちゃんの住むイギリスにも遊びに行ったことはあるらしい。

あのフラッシュバック。あれは小さい頃の記憶だったのか。
おじいちゃんと二人の女の子。全く記憶はないけど、きっとあの人たちがわたしの姉なんだろう。あの異国の風景はイギリスかな。

なんだかすっきりした気持ちだった。
20歳、何か始まる予感。




アイドルは君だ!

京子は心配だった。
数ヶ月前から夫の様子がおかしい。
確か日本酒を買いに行った日あたりからだ。なんだか妙に活き活きしている。と思いきや、急に元気がなくなったり。最近特に塞ぎ込んでいる。かと思いきや一昨日あたりから急に恋する女子高生みたいにキラキラし始めた。

夫の部屋で偶然見つけてしまったくしゃくしゃのポラロイド写真。誰かはわからないけど、猫のキャラクターのかぶりものをした女性が4人写っていた。顔はよくわからない。
浮気・・ではない。なんとなくだけど。女の勘だ。





2日前のこと。

河内は思い切って1ヶ月ぶりにつくも書店に足を運んでみた。今度は夜にこっそり行くのではなく、昼間堂々と行った。

そこにいたのはオーバーオールを着た女性だった。
「こんにちは。お待ちしてました」
そう言って女性は紙袋を河内に渡した。
「これは・・・」
フリフリのピンクの衣装が入っている。
「店の前で踊っているのをずっと見てました。あなたは本物のアイドルです。」
いつの間にかアイドルメンバーに囲まれていた。
「わたしたちといっしょにステージに上がりましょう」
みずほが河内の肩を叩いた。
「つくも坂登り隊、全員集合ですね」
笑美がにっこり笑って言った。

「いやいやいやわたしがアイドルなんて・・そもそもおじさんだし・・」
(ふざけてもらっちゃ困るよ・・。)
 でもはっきり断れない自分がいる。
「さ、来月の初公演まで後少しだよ。みんな、心を合わせて練習だ〜!」
「おー!」
ええい、ままよ。
河内は力の限り歌って踊りまくった。


「ねえ、あなた、何か隠してることない?」
「え・・」
最近おかしいわよ。それに、これ・・ごめん見ちゃったの。
京子は例のポラロイド写真を差し出した。

「あなたにどんな趣味があっても、別にわたしはかまわないけど・・元気がないなら心配よ。」

アイドルの追っかけみたいなまねをしてたどころか、アイドルに加わったなんて・・言えない。
しかも近所の小学校で公演するなんて・・・。
知り合いに見られたらどう思われるだろう。
やっぱり無理だ。一瞬でもイケると思った自分が恥ずかしい。断ろう。





紀香はコッポの絵画をコンビニまで見にいった。
さぁこれをどうやって手に入れるか・・・。便座に座ったまま考える。
レプリカと思いきや、まさか本物がこんなところにあるなんてね・・。

「最近トイレにこもる人多くないっすか?」
不二夫は少し怪訝な顔で言った。
「え?そう?この辺は治安悪くないけど、一応気をつけといれ・・」
六反田は時々つまらないダジャレを真顔でいう。
「はぁ・・」
そんなとき不二夫はいつも軽く流すのだった。
(つまらないダジャレは流すに限る・・トイレだけに・・)
自分もつまらないことを考えてしまった。

紀香がトイレから出ると、店員がこっちを見ているような気がした。
気にせずにこりと微笑んで、コンビニから出た。
すると、先日バラをお裾分けしたカンカン帽をかぶった女性が通りがかった。

「あ、、この間はありがとうございました。バラの花、栞にして友達にあげたらとても喜んでました。」
「そう、よかったわ。また遊びにきてね。今度はお茶でもごちそうするわ」
「ええ。ぜひ伺います。あ、今からその友達のところに行くんですけど、よかったら一緒にどうですか?」
「あいにく今日は忙しくて・・ごめんなさい。また今度」
その女性はみずほという名前だった。二人は再会を約束してアドレスを交換した。




おじさん対おじさん

「そうですか。それじゃしょうがないですね」
みのりはあっさり引き下がった。
河内はアイドルの加入を断りにきたのだ。
まだ袖も通していないピンクの衣装も返した。
「仕方ねぇ、ピンクレンジャーはわたしがやるか」
メンバーに向かってみのりは言った。
(やっぱ自分がやりたいんじゃん・・)
メンバーは顔を見合わせてこっそり笑った。
みのりは河内の方へふたたび顔を向けた。
「わたしたちが河内さんを誘ったのは、別に5人がいいからってわけじゃないんですよ。他にもきっと入りたい人、たくさんいます。(そうか?)
でも店の外から覗いて踊っているあなたは本当に楽しそうだった。わたしにはアイドルに見えたんです。だからお誘いした。」
一気に話したみのりはひと呼吸おいて
「・・いつでも戻ってきてください。待ってます」
引き下がったわりに、強めの口調で言った。


河内は店を出た。うつむいて拳を握る。
これでいいんだ・・・。
みんなには悪いけど、元の暮らしに戻ろう。
そう思った時だった。
人影が見えた。先日の眼鏡の背の高い男性だった。オーナの将だ。
河内は足早に立ち去ろうとした。
「また、逃げるんですか」
河内は立ち止まった。
「しょうがないじゃないですか。僕はおじさんなんだから。アイドルなんておかしいでしょう」
「別にいいじゃないですか。アイドルは若い子って誰が決めたの?」
「じゃあ、あなたがやったらどうですか」
「わたしは別に踊りたくない。あなた、店の前でノリノリで踊ってたじゃないですか」
「いいじゃないですか、踊りたかったんですよ」
いつの間にか取っ組み合いの大喧嘩になっていた。

店の中からメンバーたちが見ていた。止めるのかと思いきや
「あ〜あ、おじさんたちがやり合ってるよ。」
「しょうがないねぇ・・」
「帰ろ帰ろ」
放置された二人はなんだか興醒めしてしまい、お互い照れ笑いをして解散した。


「河内さん」
とぼとぼ歩いていると、後ろから笑美が走ってきて声をかけた。
「わたし、ステージを友達に見られるの恥ずかしかったんです。でも思い切って呼ぶことにしました。友達ならきっと喜んでくれるって思って。」
「それだけです。じゃあ、さよなら」
「・・・」

もう、何が何だかわからない。河内は頭を抱えて一人笑ってしまった。




思わぬ刺客

みずほは新しいワンピースを着て出かけた。
今日は紀香の家にお邪魔する予定だ。
あ、そうだ笑美も誘おっかな。つくも書店に立ち寄る。
「え?わたしもいいんですか?あ、バラのお礼にこれあげようかな。
描いていた小さなキャンバスのバラの絵。を手に取った。
「え、すごくいいじゃん、すてき。喜ぶよ。」

紀香の家に近づくとバラの香りがしてきた。
「わー、素敵なおうちですね。」
窓から女性が二人バラの向こうに見えた。
「こんにちはー!!」
みずほが叫んだ。
笑顔だった二人の顔が、次の瞬間こわばった気がした。

あれ?どうしたのかな?みずほは不穏な空気を感じた。




まさか、みずほが生き別れた妹を連れてくるとは・・。
紀香とありさは息を飲んだ。
妹の顔は写真も残っているし、少なからず記憶もある。大人になったら多少変わるだろうけど、面影も残っていた。何より血が騒いだ。そしてあの子のくれた絵、祖父のタッチを確実に受け継いでいた。動かぬ証拠として名前も同じだ。

緊張感のあるお茶会が始まった。

しかしあっさりと笑美が爆弾を投下した。

「あの〜もしかして、お二人って妹さんとかいます?」
「え、ええ。」
「わたし、この前、おばあちゃんから聞いたんですけど、あ、おばあちゃんと言ってもほんとのおばあちゃんじゃなくて、おじいちゃんの元カノで今そこに下宿してるんですけど〜」
「なんか、わたし、お姉さん2人いるらしくて〜生き別れた」
「え、もしかしてこのふたりだったりして〜。なんかちょっと似てない?」
みずほが笑いながら言った。
なんか変な空気が流れた。

「その、まさか・・なんだよね」
ありさが口を開いた。
「ええ〜!ほんと!?なんかドラマみたーい!!」
みずほが明るく言い放ったが、シーンとしていたのを察して
「わたし、帰ったほうがいいですよね・・」と席を立とうとした。
「待ってみずほさん」笑美が袖を掴んだ。
「逆にいてくれたほうが気が楽です」
(ええ〜?なんかいたたまれないよ〜ん。気まずいなぁ〜)

「はじめまして?じゃないな。お久しぶりです。笑美です」
笑美はぺこりと頭を下げた。
「お会いできてうれしいです。」
「わたしたちもよ。まさか、こんな偶然があるなんて・・。みずほさんに感謝だわ」
(意外とこういう時、抱き合って泣いたりとかしないんだ・・わたしがいるから?やっぱ帰ろうかな・・)みずほはモジモジしていた。

「今日は頭が混乱してるので・・・もう帰ります。またゆっくりお話ししにきてもいいですか?」笑美は言った。
「もちろんよ。今度下宿先のおばあさまにもご挨拶に行きたいわ」
「ええ。よろこんで」

笑美とみずほはその場を後にした。

「みずほさん、ありがとね。」
「なんかすごいことになったね。今日はゆっくり休みなよ。」
「うん」
見上げると夜空には夏の大三角形が広がっていた。




河内はあの日から、まだあきらめきれずに、自室にこもって歌って踊っていた。
考えるのが疲れたので、何も考えずにただただ踊るのだ。
こんなのって生まれて初めてかもしれない。


僕はコンビニでバイト

不二夫は今日もコンビニのバイトだった。店が暇すぎるので、ダンスの振り付けを踊っていた。
お客さんが入ってきたので慌ててやめる。
「あ、なんだ笑美さん・・」
入ってきたのは笑美だった。
「不二夫くんここでバイトしてたんだ。近所なのに意外と会わないもんだね。上手に踊れてるじゃない。ピンクレンジャーやったら」
「別にやってもいいけど・・ぼく超絶音痴なんだよね」
「あの、すみません」
レジの方から女性の声がした。
「お客さんだ、戻るわ」
「あ・・」
三姉妹の次女、ありさだった。
「知り合い?」
「姉です」
「あ、こんにちは〜。いつもお世話になってます。」
「こちらこそ笑美がお世話になっております」
ありさは不二夫を見て微笑んだ。そしてすぐに真顔になり笑美に言った。
「笑美さん、もしよかったらこの後紀香さんのところへ一緒に行かない?」
「ええ・・」
二人はコンビニを後にした。ありさが一瞬だけこちらをちらりと見た。
(すごくきれいな人だけど・・)
不二夫は不穏な空気を感じた。




笑美はベットに寝転がってため息をついた。最近、いろんなことがありすぎてついていけない。

今日ありさとともに紀香の家へ行った時、家のこと、おじいちゃんのことを聞いた。
両親が亡くなった後、おじいちゃんの作品は親戚にだましとられ、売り払われ散らばっていった。親戚たちはそのお金で左うちわでくらし、三姉妹はバラバラになりおばあちゃん方の親戚の家を転々としていったのだ。ふたりとも、もちろん笑美もだけれど、肩身の狭い思いをしてきたのは同じようだった。
二人は数年前に再会を果たし、祖父の遺品を取り戻すべく、盗みを働いて取り返しているということだった。
なんかマンガみたいな話だな・・

ちなみにあと最後のひとつでコンプリートするらしい。
そのひとつとは・・

「ね、だからあのコンビニのバイトくんの青年に協力してもらって、最後の一枚・・昼のカフェテリアを取り戻したいのよ」
ありさが言った。
「・・・」
「ごめんなさい。不二夫くんは大事なメンバーのひとりで、だましたり裏ぎったりすることはできない。そもそもいくらおじいちゃんが描いたものだからって、人のものを盗むなんてできないよ。」
「そうよね、急に言われても、困るわよね。でも少し考えてみて欲しいの」
笑美はうなずかなかった。




今日は練習の日。

みずほは腰が痛いのでベンチで見学していた。
不二夫もコンビニバイトのあと見学にきていた。

「最近、笑美さん元気ないよね」不二夫が言った。
「そうなんだよね。我がアイドルのセンターが元気ないとみんな調子が出ないのよ」
「そういえば河内さんは?」
「相変わらず来ないよ」
「そっかぁ・・」




刺客、再び

「だから、笑美を巻き込むことないんじゃないの!」
「だって、あの絵で最後なんだよ。あれを手に入れて笑美もいれば、全てが終わるじゃないの!」

みずほが紀香の家にやってくると、紀香とありさが言い争いをしていた。

「あ・・みずほさん・・」
二人ともバツの悪そうな顔をした。紀香は家から駆けて出ていった。


「ごめんなさいね、変なところお見せしちゃって・・」
紀香が少し疲れた顔をして言った。
「いえ・・」
「笑美はどうしてる?」
「あまり元気がなくて・・みんな心配しています。」
「そう・・」
「今日は、これをお渡ししに来たんです。」
「これは・・」
「笑美ちゃんがセンターをつとめるアイドル、”つくも坂のぼり隊”の初公演のフライヤーです。ぜひお二人でいらしてください。」
「わざわざありがとう。」
「笑美ちゃんこのアイドル結成してから、本当に楽しそうで。もちろん他のメンバーもみんな楽しそうで。すごくいいコンサートになると思ってます。
・・あの・・ありささんとけんかでもしたんですか?」
「ケンカではないんだけど、家の問題が色々とあって・・」
「そうなんですね・・。あ、笑美ちゃんの下宿先にも遊びに来てください。つくも書店の裏にあるんです。」
「あ、あそこね。何度か行ったけどすてきなお店よね。」
「今週は笑美ちゃん試験前だからずっと家にいるって言ってましたよ」
「そう・・ありがと」




ピンポーン
誰だろ。来客なんてめずらしい。おばあちゃんの友達かな。
ドアを開けると紀香がいた。
「ごめんね、急に」
「ううん。」
「一度お世話になってるからご挨拶にきたくて」
「おばあちゃん今日いないんだ。」
「そうなの」

台所にはなぜか昆布茶しか見当たらなかった。
「ありがとう」
紀香は上品に昆布茶をすすった。
紀香と昆布茶って似合わないなぁ・・笑美はこっそり笑った。

紀香の視線が一つの絵で止まった。
「あれは・・」
「そう。おじいちゃんが描いたおばあちゃん」
「すてきな絵ね。おじいちゃんは生前一枚しか絵が売れなかったけど、いい絵をかく画家だったわ。笑美も美大に行ってるんでしょう?この前くれたバラの絵もとてもよかったわ」
「ありがと・・」
「・・・ありさとケンカしちゃって。最後の一枚の絵のことで。あの子も焦ってるのよ。この前は詰め寄るような感じになってごめんなさいね。きっと絵が欲しいっていうよりも、早く終わらせて普通に幸せにくらしたいだけなんじゃないかって思うの。ちょっと意地になってるっていうか」
「うん」
「アイドルの公演やるんでしょ?みずほさんから聞いた」
(笑美は一瞬、げげ、と思ったが)
「そうなの」
と落ち着いて言った。
「見に行くわ。ありさと二人で。絵のことはもう忘れてね。あなたと会えたのだからもう充分。」
紀香はにっこり笑った。

泥棒に加担する気はさらさらないけれど、紀香の笑顔がほんの少しだけ寂しそうだったのが、心に引っかかった。




ある日の練習の帰り、ももことあゆみはテレンコテレンコ歩いていた。
手ぶらで歩いている河内を見つけた。
「あ、河内さ〜ん」
河内は少しバツの悪そうな顔をしながら軽く会釈した
「どうも・・」
「練習の帰りなんですよ〜、と言っても今日はふたりだったんだよね」
「な〜んか、盛りあがんなくて。最近笑美ちゃんも元気ないし練習もみんな集まらなくて」
「そうなんですか・・」
「なんか今日も不完全燃焼って感じ。ね」
「ほんとほんと」
あゆみはやれやれという表情をして言った。
「あ、ねえこれから課外練習しない?近くに公園とかないかな。河内さん付き合ってくださいよ。フリ完璧じゃん。」
ももこが、目をキラキラさせていった。河内の腕を掴んだ。離しそうにもない。
「いいね、そうしよう。行きましょ、河内さん」
あゆみもノリノリで河内の腕を引っ張った。
「いや、わたしは・・」
断れるような雰囲気ではなかった。



「え?マジすか?」
不二夫はポカンという表情をした。
「マジマジ。この店閉店するんだってよ〜」
コンビニのマネージャーの六反田は軽い口調で言ったが、
少しさみしそうだった。
「そうっすかぁ・・」
「あと2週間、よろしくな」
閉店かぁ。このお調子者のマネージャーも、この店ののんびりした空気も好きだったのに。次のバイト、探さなきゃ。


本番

いよいよ公演の日がやってきた。お昼、つくも書店に集合して、夕方は小学校でリハーサル。そして夜は本番。
(河内さん、くるかな・・・)
みんなが思っていたが口には出さなかった。

リハーサルには、アイドルメンバーとみのり、不二夫、そして同じ組のメンバーヨウとサトシも集合した。
ヨウははるばる京都から上京していた。
「ヨウさんは、初めてみるよね。」
「はい。最初の頃、短い動画は不二夫くんが送ってくれましたが、生で見るのは初めてです」
職業柄いそがしくてずっと来られなかった医者のサトシも忙しい中駆けつけた。
「いやぁ〜、抜け出してきちゃいましたよ。もう、ずっと忙しすぎて。動画僕も見ましたよ。みずほさん、似合ってるじゃないですか〜」
「えへへ。本番はもっとすごいから期待しててよね」


直前の最後のリハーサルが始まった。みのりが河内のパートをやっていた。
「みのりさんだけ衣装着ていないのですね」
ヨウがつぶやいた。
「あ、なんかめっちゃ汗っかきらしいっすよ、ははは」
不二夫はおどけて答えた。
(たぶん、信じてるんだ・・あの人が来るのを)

みのりがふざけて違う踊りをし始めた。
「え?あんな変な振り付けもあるんですね」
サトシが笑いながら言った。

最後のリハーサルなのにふざけすぎだ。
仮にも振り付けた本人がふざけるってどう言うこと?
だれかれともなく注意しようとした時だった。

「ちょっとおおおおお!」
体育館の入り口から声がした。

河内だった。
「そこはそうじゃないでしょ。こう」
舞台に上がった河内はキレッキレの振り付けを見せた。

「お、やりますなぁ。動画に写ってはいなかったけど、あの人が本丸なんですね」
サトシは感心していた。

「はい。本物登場」
とくに驚くこともなく、みのりはにこにこして言った。





2時間前

河内は家じゅうをウロウロしていた。
「あなた、どうしたの」
「いや・・別に」

「もうそろそろ、体育館に行ったら?」
「え・・?なんでそのことを」

「この前女の子二人と公園で踊っていたでしょ。」
「見たのか・・・」
「つくも書店に行ったとき偶然その女の子たちや他のアイドルメンバーと会ったの。事情は聞いたわ。あと、これも預かってるの。もしあなたがその気になったら渡しておいてって。」
京子は衣装を差し出した。

「いい年したおっさんがアイドルなんて、妻のお前は恥ずかしくないのか?」
「別に」
「近所では落ち着いた夫だって評判じゃないのか?」
「何言ってるの。聞いたわよ。つくも書店の前で取っ組み合いのケンカしてたそうじゃない」
「そうか・・」

「わたしも見に行くわよ。あなたが最近、ずっと楽しそうでわたしはうれしかったわ。舞台で踊ってるところ、早く見たいわ〜」
京子は心から楽しそうに笑った。





あの坂を登れば、青い旗が見える
黄色い木香薔薇と赤いポスト

チェックのエプロンした
おばあちゃんの笑顔
今は行けなくてもずっと覚えてる

たとえねこかぶってもきっとみんな友達

遠くにいてもわたしたちは手をつないでる

みんな同じに見えてもよく見ると違う
それはひとり一人の個性だから

みんな違うけどわたしたちはひとつに
つながっている

あの坂から見えた夕陽は いつもやさしかった
帰りは下り坂 いつも楽しかった

あぁ わたしたちは (わたしたちは) つくし坂登り隊


客席にいた将は泣いていた。
「あらあら、おじさんが泣いちゃって」
おばあちゃんは言った。
「母さんこそさっきからずっと鼻すすってるじゃないか」
「天国のあの人もきっと見てるわね。きっと喜んで一緒に踊ってるわ・・
あの子の名前は祖父であるあの人がつけたそうなの。最初”笑美”のえは”絵”だったの。祖父であるあの人も、娘である笑美の母親も絵が好きだったから。でもあの人が言ったんですって。いつも笑ってて欲しいから”笑美”にしようって」
「ふーん、いい話だね」



「笑美、楽しそうだね」
客席から観ていたありさは紀香につぶやいた。
「もう、絵はいいかな。所詮物だもんね。おじいちゃんはもう天国だし、過去は取り戻せない」
「そうよ、これから想い出を作って行けばいいじゃない、3人そろったんだから」
紀香はありさの肩を抱いていった。

「それにしても、あのおじさん・・何者?」
「笑美、ちょっと食われてるんじゃない?センターなのに」
姉妹はクスクス笑った。

しかし笑美は最後のソロをしっかり歌い上げ、ステージは大成功に終わった。


おかえり、コッポ

コンビニバイトの最終日、勤務が終わったあと、不二夫は大きな荷物を持ってよろよろと坂を登っていた。
六反田から大きなせんべつをもらってしまった。
「お前、こう言うの好きだろ。よかったら持ってけよ」
もらったと言うより押し付けられたとも言うべきか・・・
「あちぃ〜、重い〜」

今日は小さな祝賀会。アイドルメンバーや関係者はもちろん紀香とありさも参加した。すっかり河内のファンになってしまったようだ。美女二人に囲まれていた河内はしきりに照れていた。

会は盛り上がり、それぞれが家路に着いた。ありさは酔い潰れてしまったので、笑美の部屋に泊まることになった。

「ねぇ、これ何?」
いつの間にか目を覚ましたありさが黒い袋に入った大きな荷物をありさが指さした。
「あ、なんか不二夫くんが、もらい物だけどなんとなく笑美に似合う気がするからあげるよって」
「不二夫くんってコンビニのバイトくんよね」
「そのコンビニはつぶれたらしいけどね」
「え?そうなの」
「お姉ちゃん・・これ」
袋の中から出てきたのは、コッポの絵画「昼のカフェテリア」だった。

「・・・早く、紀香姉さん呼ばなきゃ。」
ありさはあわてて家を飛び出した。
笑美はいろんな気持ちが込み上げてきて思わず笑った。


おわり

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